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ひぐまの写真館


北海道開拓の村(2008年9月14日)


旧札幌停車場

明治41年(1908)に建てられ昭和27年(1952)まで使われてきた札幌停車場の正面外観を縮小再現したもの。開拓の村の出入り口であり、管理棟としても使われている。
昭和27年は私は小学1年生の時なので、多分何度か訪れていると思います。まったく、覚えてはいませんが。

上の案内図は、少々不明瞭ですが、全体の雰囲気はつかめていただけると思います。

旧開拓使札幌本庁舎

明治6年(1873)に建てられたものを再現。築後5年目の明治12年に火災のため焼失した。
アメリカ人技師ホルトらの設計によるものと言われる。場所は現在の赤レンガ庁舎の北側に当たる。

旧有島家住宅

作家・有島武郎(明治11年〜大正12年)が明治43年5月から翌年7月まで住んだ建物。
旧所在地 札幌市白石区菊水1条1丁目
建築年代 明治37年
面   積 28.75坪

旧有島家住宅(内部)

こぢんまりとしてて、住んでみたいと思いました。
我々が育った頃の住宅そのままです。

旧小樽新聞社

小樽新聞社は明治27年に創立された。函館毎日新聞、北海タイムスとともに道内の代表的新聞の一つであった。
旧所在地 小樽市堺町
建築年代 明治42年
面   積 113.19坪
構   造 木骨石造三階建(外壁:札幌軟石)

確か、石川啄木が勤めたことがありましたよね。

旧北海中学校

明治41年から翌年にわたって建築された本館部分。創立は明治38年で前身は札幌農学校第三期生らが中心となって明治18年に設立した私立北海英語学校。
旧所在地 札幌市豊平区旭町8丁目
建築年代 明治42年
面   積 181.71坪
構   造 木造平屋建

旧龍雲寺

篠路山龍雲寺は明治19年に村民の努力によって創建された浄土宗の寺。この建築物は明治26年に新築落成した本堂。
旧所在地 札幌市北区篠路町篠路
面   積 37.90坪
構   造 木造平屋建

旧札幌警察署南一条巡査派出所

当初は札幌創成橋脇に立てられた木造の交番であったが、個人の篤志寄付で建て替えられたのがこの建物である。壁のレンガは小口面と長手面を交互に表して積むイギリス積み手法を用いている。
旧所在地 札幌市中央区南1条西1丁目
建築年代 明治44年
面   積 7.50坪
構   造 レンガ造平屋建

旧山本理髪店

何とも懐かしい「床屋さん」の雰囲気。北海道神宮裏参道沿いの「床屋さん」として長く親しまれてきた。
旧所在地 札幌市中央区南1条西24丁目
建築年代 大正後期
面   積 25.38坪
構   造 木造二階建

旧来正(くるまさ)旅館

現当主の来正篤彦氏を私はよく存じています。そのためか、とってもこの旅館に親しみがわきました。

東永山兵村に屯田兵として入植した来正策馬は、明治31年退役後、開通直後の宗谷本線の永山駅前に待合所を開業。その後、大正8年に旅館兼待合所を新築した。当時は、旅人の宿泊や汽車の待合いなどに利用されてにぎわった。

旧来正(くるまさ)旅館〔二階客室〕

旧所在地 旭川市永山1条19丁目
建築年代 大正8年
面   積 77.09坪
構   造 木造二階建

馬車鉄道

案内図の中央の通りに茶色の線が入っていますが、これが馬車鉄道の路線です。

馬車鉄道

馬がレールの上の客車を引く馬車鉄道は、明治から昭和の初めまで、北海道各地で多くの人の足として重要な役割を果たしてきた。

馬車鉄道

札幌の市街を運行していた馬車鉄道を再現し、動く展示として村内を運行している。

休日は20分ごとに走っています。
冬は馬そりに変わります。

旧近藤医院

いくら田舎でも私の育ったところは、壁の白い診療所でした。
この建物は、明治35年に古平町で開業した近藤清吉が建てた病院で、昭和33年まで使われた。
旧所在地 古平町大字浜町
建築年代 大正8年
面   積 43.99坪
構   造 木造二階建

旧太田装蹄所

昔は集落に1軒はありました。懐かしくて、思わず撮ってきました。
大正13年から昭和20年まで札幌市街の江別方面に通じる幹線道路〔国道12号〕沿いで営業していた装蹄所を再現したもの。

旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)

札幌農学校(現北海道大学)は、明治9年、現在の時計台付近に開学した。明治36年に現在の大学の位置へ移転して寄宿舎も新築され、同40年に恵迪寮と命名された。

旧札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)・寄宿室

4人部屋だったようです。私の寄宿した寮より立派に見えるのはひがみ根性でしょうか。
旧所在地 札幌市北区北17条西8丁目
建築年代 明治36年
面   積 240.68坪
構   造 木造二階建

旧青山家漁家住宅

鰊漁場の建物がこのように集約的に保存されているところは少なく、貴重な遺構の一つ。
旧所在地 小樽市祝津町3丁目
建築年代 主家:大正8年
面   積 主家:112.85坪
構   造 主家:木造平屋建

旧納内(おさむない)屯田兵屋

納内に屯田兵が入地したのは明治28・29年。北海道の屯田兵は、家族とともに兵村で暮らし、北辺の警備と農業開拓に従事した。
旧所在地 深川市納内6区1
建築年代 明治28年
面   積 17.99坪
構   造 木造平屋建

旧平造材部飯場(内部)

この建物は大正後期に下川村奥名寄の御料林内に建てられた造材飯場を再現したもの。

御料林とは
明治憲法下で、皇室所有の森林。現在では、すべて国有財産。