ひぐまの旅行記 本文へジャンプ
イタリア旅行 その1


ローマ

2007年9月
 昨年の秋(2007年9月)に、引退記念とかみさんの還暦記念を兼ねてイタリアを旅行してきました。今までに、官費旅行(?)でカナダ、私費旅行でオーストラリア・ニュージーランドへ行ったことはあるのですが、このたび初めてヨーロッパへ行ってきて、私は歴史に対する今までの見方がすっかり変わってしまいました。行き先をいろいろ考えましたが、最終的にイタリア一国のツアーにしました。これは、大正解だと思います。基本的に、ヨーロッパの遺跡は、ローマ帝国の遺跡そのものだからです。イタリアでローマ帝国の文化を勉強して他の国に行くと、その歴史がよく理解できると思いました。まあ、私の場合は宝くじが当たっても、もう行くことはないと思いますが。
 イタリア旅行記を少しお話ししたいと思います。この旅行は、日本旅行の企画したイタリアを南から北へ縦断するものです。もともとは、北から南だったのですが、飛行機の都合で逆になりました。あちらを旅行するときはこのようなことは覚悟しておかなければならないようです。
 中部空港でフィンエア(フィンランド航空)に乗り換えて、まずフィンランドのヘルシンキ空港(ヴァンター空港)へ飛びました。飛行機は、エアバス社製で、快適な飛行でしたが、当然真っ暗闇の中がほとんどでした。ようやく明るくなって見えたのが、シベリヤも西のはずれの方で、有名な大河「オビ川」が見えてまず感激しました。ロシアの町らしいところは全く分からないうちに、フィンランドの上空に着き、森と湖の国(ムーミンとサンタクロースの国でもある)であることを確認しました。
 ヴァンター空港では、乗り継ぎだけのため外に出ることはできず、ローマ行きに乗りました。同じエアバス社製の小さめの飛行機で、ヨーロッパの上空を飛んだのですが、地図のように国境線が書いてあるわけでもなく、都市名が書いてあるわけでもなく、ただただ山と川と農地の上を飛んでいきました。ところで、フィンエアの機内食は、後で知ったのですが、コンクールで上位をとる(昨年は2位)ものらしく、おいしくて今回の旅行でもっともおいしかったと後日笑ったくらいでした。

2007年9月
「ミラクル」
 中部交際空港からフィンランドで乗り継いで、合計約14時間のフライトでイタリアはローマに着きました。ローマ空港は「レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港」とも言うそうです。空港からは、バスでローマ市内のホテルへ直行し、この日は泊まるのみでした。と、言うことで、この空港は二度と訪れなかったので全くその様子を覚えていません。
 ところで、今回のツアーは40名弱の、海外旅行としては多めの団体でした。私たちの団体は、全員が日頃の行いが良いものですから、「ミラクル」(ツアコンの言葉)が三回ほど起きました。
その一
 ツアコンの話によると、海外旅行では、預けた荷物が人間と一緒に届かないことは普通だそうです。ところが、このフライトでは、全員、一個の漏れもなく手元に届きました。空港でツアコンは「ミラクル」を連発しました。ミラクルだそうです。
その二
 ローマ観光のあと(三日目になりますが)、ナポリへ行き、ナポリから船でカプリ島へ行ったのですが、ここに有名な「青の洞門」という舟ではいる洞窟が海に面した崖にあります。因みに私は全く知らなかったのですが、けっこう有名な観光ポイントのようです。ここは入り口が小さいため波があると入れなく、入れる確率は本当に低いそうです。行ったことのある知人もほとんどが入れなかったと言うくらいですが、私たちはその直前まで入れなかったところに全員無事は入って、ブルーの洞窟内を見ることができました。「ミラクル」でした。
その三
 ナポリ、フィレンツェと回って、ベネチアへ向かいました。そのバスの中で、『今夜泊まる予定のホテルが、夕べの大雨で冠水したのでホテルが変更になる。新しいホテルは本島のど真ん中にあるホテルである。「ミラクル」だ。』とツアコンから話がありました。我々が観光するベネチアは人工島であり、自動車では乗り入れのできないところだそうで、予定していたホテルはその島ではなく、本土にあるのだそうである。ところが、代替のホテルは観光地のど真ん中にある、元貴族の館を改造したもので、新装なったばかりのものだというのです。もちろんホテル代も高いそうであるが、我々の追加負担はない。だから「ミラクル」なのだそうだ。確かに、サンマルコ広場から歩いて数分、部屋もきれいでイタリアで泊まったホテルの中では、もっとも近代的であった。
 因みに、全行程を案内してくれたツアコンは、世界中を回っているそうで、案内にも慣れており、数少ないイタリア語の話せるベテラン(30台?)女性で、安心してお任せできるたいへんデキル人でした。
 私は、いつもカメラを携えてチョロチョロしていたので、睨まれていましたが。

以下、行程に沿って主な写真を紹介します。ただし、私どもの入っている写真は、照れくさいので省きました。悪しからず。また、どうしても撮影対象がキチンと撮れていないものは、インターネットから拝借しました。大半がウィキペディアから、その他は観光宣伝用のHPからで、個人のものは使っていません。

2007年9月22日 10:35
フィンエア ヘルシンキ行き
 
 中部国際空港にて。
 新千歳空港を早朝に出て、名古屋で乗り継ぎ。
 ここで、全国から集まった同行者と添乗員が全員顔を合わせました。

2007年9月22日 15:00(現地時間)
フィンランド
 
 もうすぐヘルシンキ。名古屋から約11時間の飛行でした。
 時差は7時間(夏時間)。イタリアも同じ。

2007年9月22日 15:10頃
ヘルシンキ・ヴァンター空港
 
 この写真は、インターネットで入手。
 ここで乗り継ぎ時間1時間ほど、ゆっくりはできませんでした。帰りは、日本行きが遅れたこともあって、時間をもてあましましたが。

2007年9月22日 19:00頃
ローマ・レオナルド・ダ・ヴィンチ空港到着
 
 この写真もインターネットで入手。
 まだ、22日です。ヘルシンキから、2時間半ほどの飛行でした。日本は真夜中ですね。

2007年9月23日 7:20頃 ローマ
ローマのホテルで朝食
 
 イタリアでの食事については、コメントしません。まずくはなかったけれど、ジュースとピザ以外は、すべて忘れてしまいました。
 ホテルではいろいろ失敗しましたが、それは別の機会に譲ることとします。

2007年9月23日 9:00過ぎ ローマ
サン・ピエトロ大聖堂(カトリックの総本山)
 
 イタリアへ入ってハナから、見せつけられました。
巨大な教会です。感想は、でかかった!です。

2007年9月23日 9:00過ぎ ローマ
サン・ピエトロ大聖堂(内部)

 「カトリック教会の伝承によれば、サン・ピエトロ大聖堂はもともと使徒ペトロの墓所があったところに建立されたとされ、キリスト教の教会建築としては世界最大級の大きさを誇る。床面積2万3,000m²。北に隣接してローマ教皇の住むバチカン宮殿、バチカン美術館などがあり、国全体が『バチカン市国』としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。」

2007年9月23日 10:30頃
サンタンジェロ城

 135年、皇帝ハドリアヌスが自らの霊廟として建設を開始、アントニウス・ピウス治世の139年に完成した。
 私たちは、バスの中から見物しただけですが、オーッと思わず声を上げるほど壮大な建築物です。

2007年9月23日 11:30頃 ローマ
フォロ・ロマーノ

 古代ローマ時代の官庁街(中心地)
 予習なしの旅でしたので、その遺跡に応じた写真が撮れず、反省しました。ここも、何を見てるのか初めはトンと解りませんでした。
 残念ながら、中へはいる段取りにはなっていませんでした。ここは、もう一度ゆっくり行きたい。

2007年9月23日 11:30頃 ローマ
コロッセオ

 ローマ帝政期に作られた円形闘技場。トミティアヌス帝治世中(81~96年)に完成。
 フォロ・ロマーノ、コロッセオそして次の凱旋門は、隣接してあります。本来なら、この辺を見物するだけで一日かかるでしょう。私たちは1時間ほどで、通過しましたけれど。

2007年9月23日 11:50頃 ローマ
コンスタンティヌスの凱旋門

 古代ローマ時代の凱旋門。コロッセオとパラティーノの丘の間に位置している。当時、西の副帝であったコンスタンティヌスが、正帝マクセンティウス帝に勝利し、西ローマの唯一の皇帝となった事を記念して建てられたものである。


2007年9月23日 11:50頃 ローマ
トレヴィの泉

 ローマにある最も巨大なバロック時代の泉。ヴェルジネ水道(ウィルゴ水道、乙女の水道の意)の終端施設としての泉が場所を替えた後、今の位置になった。その後、泉はローマの建築家ニッコロ・サルヴィの設計で改造、彼の没後の1762年に完成した。
 後ろ向きにコインを泉へ投げ入れると願いが叶うという言い伝えがある。

2007年9月23日 15:00頃 ローマ
スペイン広場

 スペイン広場には、トリニタ・デイ・モンティ教会へと続くトリニタ・デイ・モンティ階段、通称「スペイン階段」が接する。 設計はフランチェスコ・ディ・サンクティスによる。映画「ローマの休日」で、オードリー・ヘプバーン扮する王女がジェラートを食べたシーンでもおなじみの場所である。

 トレヴィの泉もスペイン広場もすごい人でした。

2007年9月23日 15:30頃 ローマ
パンテオン

 現存するローマの建築で最も完全なものと言われており、世界最大の石造り建築。118年から128年にかけて、ローマ皇帝ハドリアヌスによって再建された2代目神殿。

2007年9月23日 16:00頃 ローマ
ナヴォーナ広場

 ナヴォーナ広場は南北に細長いアリーナ状の形です。それもそのはず、ここはローマ時代の競技場跡なのです。
 どこに行っても、必ず広場があります。ローマの都市の形です。

2007年9月23日 16:30頃 ローマ
バス

 ローマでお世話になったバスです。もちろん、ドアは右側、前と中央の2カ所ありました。
 飲料水はすべて有料で、バスの運転手のアルバイトで車内でも売ってました。

2007年9月23日 17:000頃 ローマ
真実の口

 サンタ・マリア・イン・コスメディン教会(ロマネスク様式の鐘楼)。映画『ローマの休日』で、グレゴリー・ペック扮するジョー(新聞記者)が手を入れて伝説を紹介した「真実の口」はここにある。私も手を入れましたが、無事でした。