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親鸞聖人をできるだけわかりやすい言葉で紹介したいと思っています。

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真宗大谷派Shin-Buddhism

真宗大谷派とは

浄土真宗の一派。京都府京都市の真宗本廟(東本願寺)を本山とする宗派。
1602年に徳川家康が教如に本願寺の東へ寺地を寄進したことにより、教如を12世門主とする東本願寺(真宗大谷派)として独立した。

【本尊】     阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)
【宗旨】     浄土真宗
【正依の経典】  仏説無量寿経(大経)
         仏説観無量寿経(観経)
         仏説阿弥陀経(小経)
【宗祖】     親鸞聖人
【宗祖の主著】  顕浄土真実教行証文類(教行信証)
【宗派名】    真宗大谷派
【本山】     真宗本廟(東本願寺)
【所在地】    京都市下京区烏丸通七条上る常葉町754番地

※浄土真宗とは
浄土真宗(じょうどしんしゅう、Shin-Buddhism, Pure Land Buddhism)は、日本の仏教の宗旨のひとつで、鎌倉時代初期に法然の弟子の親鸞が、法然の教えを継承し、親鸞の没後にその門弟たちが教団として発展させた。 宗旨名の成り立ちの歴史的経緯から、明治初期に定められた宗教団体法の規定(現在は、宗教法人法の規則による「宗教法人の名称」)により、同宗旨に属する宗派の多くが宗派の正式名称を「真宗○○派」とし、法律が関与しない「宗旨名」を「浄土真宗」とした。過去には、「一向宗」、「門徒宗」とも通称された。

親鸞の著書に「浄土真宗」・「真宗」とあるのは、宗旨としての「浄土真宗」のことではなく、「真の宗(むね)である浄土宗の教え(法然の教え)」の意である。親鸞自身は独立開宗の意思は無く、法然に師事できた事を生涯の喜びとした。
 (この部分は フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から)

門徒もの知らず

 二週続けて日曜日に、東本願寺の「真宗基礎講座」という門徒初心者向けの研修会に出ました(「門徒」という呼び方は浄土真宗の在家の信者のことをいいます)。その座談会の中で参加者から「門徒もの知らずといわれますがどうしてでしょうか?」という質問が出ました。
 司会をしていたあるお寺の住職の回答は次のとおりです。『この言葉は元々、「門徒物忌み知らず」と言われていたものが略されて、「門徒もの知らず」になったと言われています。「ものを知らない」というのではなく「物忌みを知らない」ということです。「物忌み」というのはバチやタタリを畏れ、それを避けることを言いますが、これが実は浄土真宗の教えから言えば、全くの迷信・俗信なのです。つまり、「門徒物忌み知らず」とは、迷信俗信にとらわれない浄土真宗の門徒の生き方を示した言葉なのです。』
私の父は浄土真宗(宗派でいうと「真宗大谷派(東本願寺)」)の僧侶だったのですが、今の説明でいう「物忌み知らず」では徹底していました。無理してそのように迷信などを信じないようにしていたのではなく、本当に信じていなかったのです。普通、僧侶だったら一般の方よりそのようなことを信じて生活するのではと思われるものですが、父親は本心から信じていないようでした。
「大安」「仏滅」「友引」などの六曜、4や9の数字に絡むこと、一膳飯に箸を立てる、遺体の上に魔よけの刀を置く、出棺時にお茶碗を割る、お棺をぐるぐる回す、清め塩を使う、火葬場への行きと帰りの道を変えるなど葬儀に関する迷信、方角の吉凶、家相、手相、墓相、占い、まじない、厄払い等々たくさんの物忌みが今でも日本人の生活の中で生きていますが、それらについてまったく信じず生きていました。
そのせいでしょう、私もまったく信じない人間に育ち、今でもそのように生きています。迷信を信じる、信じないはその人の考え方生き方ですから、私はそのことをどうのこうの言うつもりはまったくありませんが、例えば六曜は中国の占いから生まれたものですがその本家の中国では無意味なものとしてまったく使われていないことを知っておく必要はあると思います。(2009.12.11)

稲田の草庵跡(西念寺)

 写真は茨城県笠間市稲田にある親鸞聖人の草庵跡といわれる寺院(西念寺)の境内で撮ったものです。横浜から北海道への帰宅途中に寄った茨城のこのお寺で、おかげさまで規模は小さいながらも、それはきれいな紅葉を愛でることができました。今年唯一の秋の味わいでした。

 簡単にこの地の紹介をします。
『越後から常陸に入られた聖人は、ここ稲田に居を構えられました。「御伝鈔」(親鸞聖人の曾孫である覺如上人が書いた親鸞聖人の一代記)に「笠間郡稲田郷という所に隠居したまう。幽棲(ゆうせい)を占(し)むといえども、道俗(どうぞく)あとをたずね」と述べられている場所であるとされています。親鸞聖人はここで妻の恵信尼公とともに20年間在住され、有名な「教行信証」もここで書かれたということです。境内右手を上ったところには、親鸞聖人の頂骨を納めたとされる「聖人御廟」があり、北条頼時の歌碑、天然記念物の銀杏などなどがあります。
稲田の草庵跡は「稲田禅坊」、「稲田御坊」などとも呼ばれ、一派に偏らない(浄土真宗は有名なだけでも10派あり、最大は浄土真宗本願寺派(西本願寺)、次は真宗大谷派(東本願寺)です)浄土真宗の「別格本山」となっています。寺院名は「西念寺(さいねんじ)」といい、本堂は平成7年に再建されたものです。』(2009.11.27)

得度研修

 「得度研修」出席の報告です。
 研修は、1月13〜15日の2泊3日、合宿方式で行われました。初日は午後1時から午後8時まで、二日目は午前7時から午後8時まで、最終日は午前7時から午後0時30分まで。この間は小休憩と仕出しの食事時間があるだけ、かつその大半がお寺の本堂の畳の上での研修でしたので、とっても疲れました。
 場所は、札幌市内藻岩山の麓にある真宗大谷派(東本願寺)の施設である「北海御廟」と併設の「青少年研修センター」というところです。暖房は十分効いていたので真冬の研修ですが寒さは感じませんでした。参加者は、大人13人、子ども(中学生以下)9人の合計22人でした。いつもよりはだいぶん少ないそうです。もちろん、その大半は大人、子どもに分かれて研修を受けました。先生(講師、スタッフ)は11人で全員僧侶です。全道各地から来られていました。
 大人の研修内容は、「講義」(かなり難しかった)、「座談会」(これはたいしたことはなかった)、「声明(しょうみょう:お経を唱えること)の練習」(これが一番疲れました)、「装束作法(衣の着方、たたみ方など)」(まったく分からないことですので楽しく練習しました)そして「考査」がありました。考査は筆記、面接、声明の三種があり、特に声明はみんなが遅くまで練習して考査に臨みました。講師も熱心に夜遅くまで補講をしてくれました。
 参加者の大半はお寺関係で(私もそうですが)、まったくお寺に関係ない人は2人ではなかったかと思います。そのうち一人は大谷高校の校長、もう一人は僧侶の資格を取ることによってお寺の従業員(法務員といいます)になるひとです。まあ、私も法務員ということになるのですが。大人は男性より女性の方が圧倒的に多く、その大多数が住職の奧さんでした。
 皆さんは、このような研修があることを当然知らなかったと思いますが、私自身もまったく知りませんでした。そのため少々戸惑いましたが、難しいことはほとんど無く、僧侶として何を勉強しなければならないかや僧侶としての基本的な心がけを学ぶことが主目的です。ただ、この研修を経ないと京都本山(東本願寺)での「得度式」を受けることができなく、従って真宗大谷派(東本願寺)の僧侶となることができません。おかげさまで、修了証をいただくことができましたので、3月には「僧侶」になることができると思います。その後はどのようなことになるのか、今のところまったく分かりません(勧めてくれた住職と何も打合せはしてませんので)。でも、住職も僧侶である弟も大変喜んでくれましたので、これからも一生懸命勉強し、声明の練習をして、残る人生を僧侶の一員として恥ずかしくない生き方をしたいと思っています。
 昨年暮れに出版された五木寛之の「親鸞(上・下)」という本を読みました。とっても人間らしい親鸞の半生が描かれています。宗教に興味のあるなしは別としておもしろい本ですから、ぜひ一度読んでみてください。北海道新聞に1年間連載していたものですからすでに読んだ人も多いとは思いますが。ついでに宣伝させていただきました。(2010/1/22)

得度式

 念願の得度式を3月7日に京都にある真宗大谷派の本山(東本願寺)で受け、無礙光寺(むげこうじ)衆徒(しゅと、寺院付の僧侶のこと)となりました。無礙光寺は北広島市共栄町にある100年以上たった歴史のあるお寺です。
 得度式を受式するにあたって、男性は全員剃髪します。得度のために剃髪することは「みつのもとどり」を切って求道者として新しく人生の第一歩を踏み出すことを意味し、同時に親鸞聖人の往時の得度姿にならうこととお教えいただきました。私は、あと一か月ほどで65歳になりますが、得度式で唱和した三帰依文の誓いを大切にして、第二の人生を親鸞聖人の教えを奉ずる真宗大谷派の僧侶として生きていくとあらためて覚悟しているところでございます。

得度式とは
 得度式は、真宗大谷派の僧侶となる重大な意義ある儀式であって、真宗本廟の御影堂(ごえいどう)において、門首がこれを行われるのであります。
 得度式では「願従今身盡未来際(がんじゅうこんじんじんみらいさい) 帰依佛(きえぶつ) 帰依法(きえほう) 帰依僧(きえそう)」の三帰依文(さんきえもん)を、一同唱和します。
 これは、「願わくは、今のこの身より、未来のはてを盡(つく)して、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依します。」という、三宝に帰依する大切な御文であります。 真宗の僧侶として、宗祖親鸞聖人が明らかにしてくださった阿弥陀仏の本願を信じ、念仏を申し、御同朋御同行と共に生きる僧伽(さんが)の一人となることを誓いとすることが、得度の大事な意義といわねばなりません。
 また、得度のために剃髪(ていはつ)をすることは、『口伝紗(くでんしょう)』に述べられているように、勝他(しょうた)・利養(りよう)・名聞(みょうもん)という、「みつのもとどり」を切って求道者として新しく人生の第一歩を踏み出すことを意味し、同時に「鬢髪(びんぱつ)を剃除(ていじょ)したまいき」と『御伝鈔(ごでんしょう)』に記されているように、宗祖聖人の往時の御得度の姿にならうことであり、聖人の教えを奉ずる真宗大谷派の僧侶となる自覚をもつことであります。(真宗大谷派宗務所)

 さて、時々「住職になるんですか?」と聞かれますので、そのことについて少し説明します。私のように僧侶としての教育を一切受けていない者が、基礎的な研修(お経が読める、宗派のことについて理解している、など)だけで、得度式を受けて僧侶になっても、住職になることはできません。
 住職になるためには真宗大谷派で定める『教師』という資格が必要です。これは、大谷大学で所定の学科を修める、大谷専修学院で1年間修学する、教師資格検定を受けて合格するなどを経ないと資格を取ることができません。いずれにせよ、時間と努力とお金が必要です。
 住職にならない(なれない)とすれば、どうするのか。私の場合は、知りあいのお寺の衆徒(しゅと)となって僧侶としての役割を果たすことになります。因みに、私は得度式受式の願書として「得度願」というのを本山に提出したのですが、その時に知りあいのお寺の住職へ衆徒に加えてくださいという願を出し、同意の署名、捺印をいただきました。衆徒とは、簡単に言えば住職以外の僧侶のことです。伴僧という言葉もあります。伴僧(ばんそう)とは、法要・葬儀などのとき、導師に付き従う僧のことです。 (2010.3.19)

教師試験検定と教師修練

●真宗大谷派教師試験検定

 真宗大谷派宗憲及び条例(規則のこと)には、僧侶及び教師について次のように規定されています。

 ・得度式は、本派の僧侶となる儀式であって、御影堂において門首がこれを行う。
 ・住職、教会主管者及びこれらの代務者は、教師の中からこれを任命する。
 ・得度式を受け、僧籍簿に登載された者を本派の僧侶という。
 ・僧侶は、佛祖に奉仕し、教法を研修宣布し、
  つねに真宗本廟崇敬の念をたもち、宗門並びに寺院、教会の興隆に努めなければならない。
 ・僧侶であって、教師資格を具備する者を教師に補任する。
 ・教師は、僧侶であって、教法をひろめ、儀式を執行する資格を有する者をいう。
 ・教師は、教師検定に合格し、教師修練の課程を経た者について、宗務総長が補任する。
 ・教師検定は、教師補任の資格を考査し、試験による検定と無試験による検定の二とする。
 ・満十八歳に満たない者及び懲戒処分中の者は、教師検定を受けることができない。
 ・試験検定は、毎年三月及び八月の二回宗務所で行う。
 ・試験は、筆記試験及び口頭試問の方法により行う。
東本願寺御影堂聞 ・筆記試験は、次に掲げる科目とする。
  一 真宗学
  二 仏教学
  三 教化
  四 声明作法
  五 法規
 ・試験の合格は、全科目が合格点に達しなければならな
  い。
 ・試験の評点は、各科目につき百点を満点とし、六十点
  以上を合格とする。
 ・試験合格者には、合格証を交付する。
 ・合格点を得た科目については、その証明書を交付する。
 ・前項の証明書を有する者で、さらに受験を出願したと
  きは、その証明書交付の月から三年間、当該科目の試験を免除する。

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 このように、得度式を受ければ僧侶となることはできますが、教師資格を有さなければ、教法をひろめ、儀式を執行することはできないことになっています。つまり、住職になったり、法要で導師を勤めたり、法話(説教)をすることはできないということです。
 私の場合、年も年ですし、僧侶になったきっかけもお手伝いができればということでしたから、教師資格がなくても良かったのですが、これを目的とすることによって集中的に勉強できるのではという期待から、教師検定試験に挑戦することにしました。なお、無試験による検定とは、大谷大学を始めとした教育研修機関で所定の学科を修得した場合をいい、短くても1年間の修学が必要ですから、私には不可能です。
 ということで、2011年2月に、ほぼ10か月の受検勉強期間を経て、受検しました。いつもは3月と8月に試験があるのですが、2011年は「宗祖親鸞聖人750回御遠忌」の年でその法要が3月から始まるので特別に2月となりました。

 以下、受検時のレポートです。

 2月1日早朝(早朝でなくても良かったのですが、安い飛行機はこの時間しか取れなかったので)の飛行機で京都(東本願寺)へ。試験は2月2,3日の2日間。5教科と口述試験があります。結果は3日の夕方に発表されます。発表を見て(電話の問い合わせは受け付けてくれない)、4日に帰るという行程です。
 前泊のホテルで、最後の悪あがきをしました。今までの経験ではあまり効果はないのですが、やらないよりは良いと思い”あがいて”しまいました。また、科目単位の合格方式ですから、来年(2012年)の3月(8月はパスするつもりだった。)の科目数を少しでも減らすことを目標にしました。
 緊張してお腹を壊しそうなのとカゼが心配なので、薬をたくさん持ちました。結局必要ありませんでしたが。ほぼ10か月の受検勉強からようやく逃れられることが一番の楽しみでありました。

 2月2日、東本願寺の宗務所で、午前2教科、午後2教科の試験。1教科50分ですからそれほどきつくはありません。科目は、仏教学、教化、声明作法、法規。この順で受けました。正確な受験者数は忘れましたが、40名くらいだったと思います。初めての人、何回目かで一部科目のみ受ける人、若い人、私より先輩の人、男、女、全国から集まっているようでした。
 初日の試験終了後、ホテルでまた”あがき”ました。
 2月3日、この日は午前中のみです。科目は真宗学のみ、そして口述試問です。11時過ぎに全て終了、この時点で全ての問題に解答できましたので、3科目は大丈夫と思いましたが、2科目は来年だなと、覚悟しました。いずれにせよ、すっきりした気持ちで、受検場からまっすぐ予定の観光に。2月にしては晴れて暖かかったので、コート無しで出かけました。まず、大谷祖廟へお参りに、その後、すぐそばの京料理屋で豪華な京料理のランチをいただき、そのまま円山公園を散策していたら、知恩院三門前に出てしまいました。すると都合良く三門の一般公開中だったので息を切らせながら(はしごのような階段がとってもきつかった。)見学、京の街並みをたっぷり鑑賞して3時頃東本願寺へ戻りました。
 4時ちょうどに発表。なんと、合格者の欄に私の受験番号があるではありませんか。ウッソー、と思いながらカミさんや住職、弟へメール。その後さっそく会議室に集合させられ、合格証授与と次の段階の教師修練の説明がありました。その夜は、一人で祝杯。

 と、このような有様でしたが、無事1回で合格、受検勉強から解放されることとなりました。その世はぐっすり寝て(毎晩そうでしたが)、翌日(4日)無事帰宅、赤飯でお祝いしてもらいました。

 さて、最初に書きましたように、東本願寺(真宗大谷派)の教師試験検定に合格をしたら、この合格者を対象とした「教師修練」が次に待っています。住職と相談して、さっそく3月の前期教師修練に臨むこととなりました。6泊7日の研修で、この間もちろん合宿で外との連絡はすべて断ち切られます。携帯電話はもちろん取り上げられテレビもラジオもダメ、「修練」に集中せよという体制です。加えて、さらに後期の教師修練が7月にあり、それが終わって初めて「一人前(?)」の真宗大谷派の僧侶というわけです。当初の想定を大幅に飛び出した僧侶の道を歩み始めたことに自分自身が驚きました。しかし、何十年かぶりの試験とか研修に、なぜか自分の脳が活性化し始めた気がするのは気のせいでしょう。

 教師修練は、最短の3月と7月で終了。7月の教師修練終了後直ちに、教師の資格証を親鸞聖人の御影の前(東本願寺御影堂)でいただき、全て終了となりました。なお、3月の教師修練2日目は3月11日、東日本大震災の日でした。私たちは、声明作法の時間で、勤行の練習中、揺れに気付いた人と気付かなかった人がいたくらいの揺れでした。
 教師修練の内容は以下のとおりです。

●教師修練(前期・後期各7日間)
1.願い(テーマ)
 求道者たれ、ともに求道者たらん −宗祖親鸞聖人に遇う−

2.修練の目的
 教師修練は、教師の初(しょ)補(ほ)を受けるにあたり、仏(ぶっ)祖(そ)崇(そう)敬(きょう)の念をもって、教法を聞思し、儀式執行の行儀を修得して、宗門荷負の責務を自覚せしめることを目的とする。

3.前期・後期修練の要点
 前期:教師としての自覚
 後期:教師としての生活実践

4.修練の内容
 ◇講義
 ◇学習
 ◇攻究
 ◇座談
知恩院三門 ◇全体座談
 ◇面接
 ◇声明作法
 ◇清掃奉仕
 ◇レポート

5.講義の内容
 ◇全文筆記
 ◇テキスト『宗祖親鸞聖人』
 ◇道場長講義「修練生にのぞむ」」
 ◇特別講義 前期:部落問題
 ◇ 〃   後期:靖国問題

6.声明作法
 ◇声明(しょうみょう)概説
 ◇装束作法
 ◇勤行(ごんぎょう)作法
 ◇正信偈(しょうしんげ)
  (前期:草四句目下 念仏和讃三淘、後期:真四句目下 念仏和讃五淘)
 ◇御文(おふみ)作法
 ◇同朋奉讃(どうぼうほうさん)
 ◇荘厳作法(お内仏のお給仕・内陣荘厳)
 ◇晨朝(じんじょう)参拝
 ◇夕時(ゆうじ)勤行(感話あり)
                                 (2012.1.11記述)

日曜礼拝

 私が属しているお寺では、4〜7月、9〜11月の年間7か月間、毎週日曜日の9時から1時間、『日曜礼拝』という勉強会的な行事を行っています。このお寺独自の企画で、もう20年も続けています。「継続は力なり」とはいいますが、すごいことです。それも毎回必ず20〜30人も集まるのです。
 この日曜礼拝は、私の大事な仕事の一つになりました〔ですから、日曜日は今までと違って、いわゆる勤務日になりました〕。毎日曜日の朝、早めに出かけて、カミさんは掃除をしたりお茶の準備をしたり、私はお内陣(いわゆる仏壇に相当するところ)の掃除と灯明等の準備などを行います。
 日曜礼拝は、まず20分くらい読経の練習、そのあと40分くらいを住職と前住職が法話(浄土真宗つまり親鸞聖人の教えを分かり易く講義する)をします。読経は、『正信偈』と『同朋奉讃式』及び『聖句』をみんなで練習します。でも、ほとんどの人がスラスラと唱えることができます。
 法話は今まではどのような内容だったか知りませんが、昨年から住職の提案で親鸞聖人と七高僧のお話しをしています。
 なぜ、今、親鸞かというと、今年は親鸞聖人の七百五十回忌なんです。つまり亡くなって750年たったわけで、50年に一度の宗派としては最も大きなイベント(法要)です。皆さんも東本願寺の『東本願寺の至宝展』、西本願寺の『本願寺展』(昨年札幌でも公開)などが全国で開催されたのでご存じの方も多いでしょうがこれもその一環です。そのようなことから『親鸞さん』となったわけです。 (2011)

法名軸のかけ方


← 法名軸











 真宗では、戒名といわず法名といいます。真宗の法名は、男性の場合は「釈○○」と二字で書かれ、女性は「釈尼○○」となります。
 また、真宗では、原則として位牌はおかず、法名軸・過去帳を用います。

 法名軸は、お内佛の左右の側面に掛けます。なお、真宗では仏壇とはいわず「お内仏(おないぶつ)」といいます。
 過去帳は、お内物の中段か下段に、それも脇のほうに置きます。

 左の図をご参照ください。 (4)(5)が法名軸です。画鋲または両面テープで止めることのできる小さめのフックで掛けてください。また、仏壇店に、「掛け軸押さえ」とか「掛け軸スタンド」が売ってますからそれを利用するのも良いでしょう。

 参考
(1)ご本尊(ほんぞん) 阿弥陀如来立像または御絵像
(2)お脇掛(わきがけ)右 帰命盡十方無碍光如来の十字名号又は親鸞聖人の御影
(3)お脇掛 左 南無不可思議光如来の九字名号又は蓮如上人の御影

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私は、ただいま勉強中の真宗大谷派の僧侶です。
新米ですから、ご意見を期待します。ただし、誹謗中傷攻撃などは無視します。